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仙台高等裁判所 昭和32年(う)81号 判決

控訴人 被告人 金完洙

弁護人 鈴木忠五

検査官 樋口直吉

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審の押収する塩酸ジアセチルモルヒネ末一三包(証第一号)を没収する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

主任弁護人鈴木忠五の陳述した控訴趣意は記録に編綴の弁護人内水主一、同鈴木忠五共同名義及び弁護人遣水祐四郎名義の各控訴趣意書の記載と同じであるから、いづれも、これを引用する。

内水弁護人外一名共同控訴趣意中一点について、

記録によれは、原審が昭和二八年三月三日の第六回公判期日において、証人として出廷した米国軍人ラルフ、イー、ハミルトンに対し、本件につき証人として尋問する旨を告げ宣誓を命じたところ、同人が「私は宣誓するのは嫌です、陳述したくありません、私には供述を拒否する権利があると思います。」「供述することによつて刑事訴追を受ける虞があるからです。」と述べ、正当の理由がないのに宣誓を拒否し、尋問に先ち米国軍事法廷に訴追される虞ありとの理由で全面的に証言を拒絶したこと、このため、原審が同人に宣誓をさせず、かつ、尋問もせずに、検察官の請求をいれて、同人の検察官に対する供述調書につき刑訴法第三二一条一項二号により証拠調をし、これを判示二の事実認定の資料としたことがいづれも認められる。惟うに、刑訴法第三二一条一項二号の「供述者が死亡等の事由のため公判期日等において供述することができないとき」検察官の面前における供述を録取した書面に証拠能力を附与する旨の規定は、検察官の面前における供述者を証人として尋問し犯罪事実の存否の認定に供し得る適法な証言として再現することを不可能ならしめる事由がある場合においては、この者の検察官に対する供述調書に証拠能力を認める趣旨の規定と解すべきところ、宣誓をさせるべき証人を宣誓をさせないで尋問した証言は、不適法な証言で証拠能力を有しないものであるから、宣誓すべき証人が事実上、宣誓を拒否した以上、同人が事件につき供述すると否とを問わず、その者を証人として尋問し適法な証言として再現することを妨ぐべき事由があるときに当るものというべきものというべきである。されば本件における如く、米国人ラルフ、イー、ハミルトンが本件の証人として宣誓の上、証言すべきであるのに(改正前の行政協定第一七条三項(6) 参照)事実上、宣誓を拒否した場合にあつては、刑訴法第三二一条一項二号前段により、同人の検察官に対する供述調書を証拠とすることができるものと解すべく、該調書につき証拠調をしこれを判示二の事実認定の資料に供した原審の訴訟手続には何等所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 篭倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)

弁護人鈴木忠五の控訴趣意

第一点本件原審の訴訟手続には法令の違反がありこの違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであると思料する。原判決は判示二の事実についてラルフ、イ、ハミルトンの検察官に対する供述調書を証拠として援用しているが、右は明らかに証拠と為し得ないものを証拠として断罪の資料に供したものである。すなわち本件記録中の第六回公判調書を閲するに、ラルフ、イ、ハミルトンは同公判廷に出頭したに拘らず原審裁判官は同人の私は宣誓するのはいやですとの供述のみによつて何等の理由も特別の規定もないに拘らず、同人に宣誓を為さしめず、且つ何等具体的の質問もないに拘らず同人の私は陳述したくありません、供述することによつて刑事訴追を受けるような虞があるから供述を拒否する権利があると思いますとの陳述のみによつて同証人の取調べを為さず、しかも同人の検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に該当する書面として被告人の同意を得ずに証拠として取調べているが、これは明らかに証拠調の法則に違反し証拠と為し得ない書面を証拠として取調べたもので、しかもこれを断罪の資料として採用しているのである。このラルフ、イ、ハミルトンの検察官に対する供述調書の記載は原判示二の事実を認定するについて最も重要な証拠があつて、これなくしては右事実を認定するを得ない関係にあるので、原審がこの重要な証拠を証拠調の法則に反して取調べこれを判示二の事実を認定する証拠となしたことは明らかに訴訟手続に法令の違反があるものというべく、この違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点において原判決は破産を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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